弓道の最高目標は「真善美」だそうです。
この言葉を最初に聞いたのは、高校生の時。
弓道部に入部した友人から教えてもらいました。
弓道には全く興味がなかったのですが、その言葉だけは心の中に残りました。
そのころ好きだった男子が弓道部で「真善美」という言葉だ好き♡と言っていたのもあるかも(;^_^A
正射必中
正しい射法で射られた矢は、必ず中る
弓道は奥深い・・・
弓道の最終目標「真善美」とは
「真」
弓における「真」とは「真の弓は偽らない」ことであって、矢は正しく狙った的に真っ直ぐに飛ぶ から的中にも偽りはない。偽りのない射はどのようにあるべきか、という思いを持つ事も弓における 真実の探求の一面であり、現在弓を射ているその大部分は「真実の探求」であるともいえる。弓に おける真とは、弓の冴え・弦音・的中により立証されている。すなわち、一射ごとにこの「真」を 求めてゆくのが弓道(求道)の「みち」である。
「善」
ここで「善」というのは、主として弓道の倫理性を指す。弓道の倫理、すなわち礼とか「不浄」 とかは静かな心境のことであり、心的態度が「平常心」を失わないことが重要である。
弓によって互いに親しみ、弓によって協同し、和平であること。心的にも平静を失わない境地が 必要な条件であり現代の弓道の特性である。
「美」
弓における美とは何かといえば、前に言った「真なるもの」は美しく、「善なるもの」も 美しい。これを具体的に表現しようとする射礼もその一つである。日本の弓は弓自体が最も 美しい弓だといえるが、その荘厳性と人間の進退周還、それに静かな心的態度がリズミカルに 動くことは、われわれの美的感覚を刺激することが大きい。
参考:http://ritsu-zen.blogspot.com/2010/08/blog-post_8749.html
弓道における「真善美」のとらえ方ですが、わかったようなわからないような・・・(汗
この「真善美」 という言葉。
実は私の担当するお星さまにもかかわりがある言葉でした。
そう思うと、高校生のころからすでにこの言葉にかかわるように、わたしの人生にすり込まれていたのではないでしょうか。
この地球さんに生まれて、自分の道は自分で選んで切り開いてきたような氣になっていますが、
自分の人生のスケジュールのおおまかなレールは、生まれてくる前からすでに轢かれているのかもしれませんね。
こどものころ、夕方西の空にひときわ輝く星を見つめていた時から
今に続くわたしの道のりに、ふと思いを馳せてみました。
「真善美」との不思議な出逢いに ウィンセイ🍷
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
追記:
用もないのに(イヤイヤ、好きな男子の姿をチラとでも見たいという乙女心から(;^ω^))弓道部へ遊びに行っていたころ、
道場の外まで響いてくる弦音の音と矢が的に中ったときのパンっ!って音が大好きでした。