昔のことですが・・
小学校の校庭の隅には、薪を背負って、本を読む二宮金次郎さんの銅像がありました。
そこだけ、木が繁り鎮守の森のようで、何か神聖な場所だったという思い出があります。
今は、もう無いのですが・・
映画[二宮金次郎]
近くに上映館がなく、金次郎さんの出生地である小田原で観てきました。
原作[二宮金次郎の一生]三戸岡 道夫 著
二宮金次郎
(1771年~1856年70歳)
身長180㌢体重90㌔の巨漢の方だったそうです。
映画は45歳ぐらい迄の物語でした。
幕府藩体制の終わりとはいえ、士農工商が歴然とあるなか、
小田原藩に登用され、農民出の金次郎さんが生涯、荒れた農村の復興開発に生涯を賭けた強い信念に、頭が下がります。
関東を中心に、600余ヶ所の村の復興、何万町歩という田畑を開発。
死去したとき、所有する田畑は一坪もなく、私資金はすべて報徳金として蓄積された。
私有財産としては、全く残していない。
金次郎さんの報徳
宇宙間すべてのものに、[徳]がある。
徳をもって徳に報いる
神徳(天地自然のめぐみ)公徳(社会の恩恵)
父母祖先の徳(肉親のおかげ)
その実行には
・勤労
・分度(身分相応に暮らす)
・推讓(世の中のために尽くす)
至誠をもって行う
身をもって推讓を実践し垬自分の財産として、世の中に蓄積した垬生涯
13歳の時、子守したお金で、村を洪水か守るため酒匂川に植えたと言われる松は、200年以上経った今も健在で、遠い先のことを考えていたのです。
金次郎の金言として、
[積小為大]
(せきしょういだい)
大きな事をしたいと思えば、まず小さな一歩から行うべし。
[一円融合]
(いちえんゆうごう)
敵も味方も、善も悪もみな一つの円の中に入れて見ることだ。一円となったときに初めて、成果が生みだされると考えよ。
が、あります。
思想家 道徳家 篤農家
政治家 実業家 静かなる革命家
子供の頃、知っていた金次郎さんは、ほんのほんの一部分でした。
藩の財政、農村の復興にたびたび出てくる分度・という言葉が氣になりました。
自分の収入の範囲内で生活し、余剰は投資しなさいというもの。
身の丈にあった暮らしを、ほどほどにということだと思います。
勤勉、質素倹約の金次郎さんが、今の日本の現状を見たらなんと思うでしょう。
ありがとうございます垬
老子
第三章
[しなやかで力強く生きるために]
075 不自然がいちばん
よくない
不自然がいちばんよくないな。
それは宇宙の法則に逆らっているからだ。
見栄や体裁を張ったり、威張ってみたり、
[道]から見れば、みんなよけいなこと。
そんな人は食べ残しの残飯のようなもので、
誰も相手にしないんだ。ありのままの自分で充分なんだから。